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様子見作戦を言い渡されてたにもかかわらず、ついつい手が出る足が出るをやっちまったのは、自分への我慢が利かなかったからじゃなく。小さなお嬢さんのピュアなハートを傷つける、汚らしい罵詈雑言を止めたかったまでのこと。そこんところはナミさんも判ってくれたらしくって、降りそそがれた拳骨も、さっきのよりは優しいそれだった。さっすがは女神様〜〜〜vv
◇
まあ、どつき倒しちゃったもんはしょうがないかと。足元に気持ち良いほどの気絶っぷりにて横たわる賊ども二人を見下ろして、きっぱりと断ずるよに言い切るところが、ナミさんたら相変わらずに男前。
「チョッパー、こいつらの匂いを追えるでしょ?」
「おうっ、任せとけ。」
ちなみに、そいつが来た側からは依然として何の気配も立たないから、気づいた様子もないぞとのお言葉。お暢気な土地だから探りなぞ入るまいと決めつけて構えている辺り、余裕なんだか間が抜けてるんだかは定かではないが、今はそれも幸運と思うこととして。
「職人を集めてるって言いようをしていたわよね。」
「そうね。きっと相手を選んでの仕儀なんだわ。」
誰でも良いから片っ端から金づるにしているという企みではないらしく、
「職人か〜。となると、ただの金目当てって連中じゃないのかもね。」
「?? どういうことだ?」
小金持ちよりも、手に職を持つ人の方がいいってことは。
「だから。何かを作らせる面子を揃えてる可能性もあるって事よ。細工ものの職人、それもリサちゃんのお兄さんほどの腕の立つ人を集められる環境だってことへ目をつけての計画なのなら、現状では自力で外すなんて到底無理な手枷をつけて言いなりにした上で、何かしら特殊な仕事を押し付けるつもりなのかも。」
そっか、手が込んでて金目のものをタダでたんと作らせて儲けようって腹か、確かに悪どいよなと、実に素直なご意見を出し、そんなことは許すまじとリサちゃんを励ましつつ意気盛んになってるルフィやウソップだったりするのだが、
「…もっと物騒なことを思ってない?」
こそりとナミさんへお声をかけたのがロビンさんなら、そんな二人を見やったのが、ゾロとサンジの双璧二人。
「ま〜ね。真っ当な品ならまだ良いけれど、例えば贋作だの偽金だの、法に触れるものをこっそりと作らせるつもりの“職人集め”だとしたら、此処からどこか隠し工房のあるところへ連れ去られてって運びになるのは必至だからね。」
此処の人たちが善良で無警戒なのを良いことにの、安易な人集めと人さらい。そして贋作作りなんていう、そっちにしたって“共犯”というレッテルを張られては言い訳が利かなくなるほどの凶悪犯罪への勝手な囲い込み。こうまでもの狡猾周到な犯罪計画と来ては、こんなやりたい放題をみすみす見逃してなるものか…と、
「そんな風に思って身を乗り出しちゃうところが、ウチがどっかで妙な海賊団な証しなんでしょね。」
ご褒美が出るでなし、依頼されててのお給金が出るって訳でもないってのにね。とほほんだわと泣き真似をするナミへ、
「い〜じゃんか。」
どの部分から聞こえていたものやら、先を行くルフィが肩越しに振り返って来て“にししvv”と笑って見せ、
「そだぞ? 成功した暁には、俺たちの胸ん中にゃあ、正義を果たした充実の熱さで一杯になってること間違いなしなんだかんな。」
ウソップがいかにも“痛快で爽快じゃんかvv”と言いたげな言い回しを付け足したのだけれど。
「そうかしら。」
現実主義者のナミさんとしては、到底そこまでの楽観視は出来ないらしく。
「連中をとっちめるのに大騒ぎになっちゃって、村の人が呼んだ海軍関係の公安官に取り囲まれて、更なる熱きバトルに発展してて、補給も出来ないままにこの島から逃げ出すことにならなきゃいいけど。」
「う………。」
さすがは弁が立つリアリスト。希望的観測しか並べられない狙撃手さんを見事に撃破しちゃったのだが、ルフィのお隣りにいたものがそんな彼女の間際まで、ぱたたた…と駆け戻って来たリサちゃんが、懇願するよな眼差しで…才気あふれるお姉さんをじぃっと見上げてこう言った。
「あのねあのね、
リサ、お祭りで何も遊べなかったからお小遣いがまだ残ってるの。
それをあげるから、どうかお兄さんを助けてください。」
「あ………。」
それからね? もしも喧嘩はやめなさいって言って来た大人やお巡りさんに、こっちの皆まで怒られそうになったら、リサ、一生懸命説明するから。悪い人は向こうだって説明するから。だから、お巡りさんとかが来ても怖くないからね? ね? それこそ懸命になって言いつのるリサちゃんには、さしものナミさんも毒気を抜かれたらしくって。ルフィやウソップの的外れな言いようとは、微妙に…色んな格好で重みや何やが違う この発言へ。さあナミはどう出るのかなと、見守る周囲が固唾を呑んだせいもあり、急にしんとしちゃった夜陰の中、どこにいるのかミミズクの声が聞こえて来たりもしたのだけれど。
「大丈夫よ、任せなさい。」
それこそ、ルフィお得意の、音がしそうな“にっぱし”という笑いの上をゆく、力強い笑い方をし、どんと胸をたたいて見せたナミさんであり、
「こいつらは一見すっとぼけて見えるけど、実は結構頼りになる連中だし。それに、尻込みしたりして ちゃんと働かないようなら、このあたしがお尻叩いてでも力いっぱい奮闘させるから。」
だから大丈夫ようと笑って見せたことで やっと安心出来たのか、にこぉっと笑い返してくれた笑顔の、何とも嬉しそうで…切なげであったことか。全身に注ぎ込まれた“嬉しい”という感情に居ても立ってもいられなくなってだろう、先を進んでいたルフィの傍らまで駆け戻ると“ナミさんが任せなさいって”と報告しちゃったほどであり、
「可愛いわね。」
くすすと微笑んで見せるロビンさんへ、
「うん。」
それへは、頑固でリアリストな航海士さんも素直に頷く。そして、
「子供は子供の間くらいは子供でいなくちゃね。」
人より豊かで恵まれていた訳ではなかったけれど、大好きな人から愛されていたし、ささやかな幸せを体いっぱいに満たされてもいた。そのささやかな幸いを力づくでもぎ取られ、地獄のような世界へ叩き落とされた自分の子供時代は、どんなに“過去の済んだこと”になったとて、だからと言って忘れられはしないから。それをくぐり抜けたからこそ強くもなれはしたけれど、だからって感謝なんかしちゃいない、不幸はやっぱり不幸には違いないのだから。
“自分のような想いをするような子供は二人も要らない。”
まるで抵抗出来なかった善良な大人たちは決して悪くはない。でも、力があったならと思いはするから、それならね。こんな窮地にあって、些少でも力のある自分たちが巡り合わせたのを生かさないでどうするかと、ナミさん、今夜は素直に“正義の味方”という鉢巻きを心にぎゅぎゅうっと巻いたらしい。
「さぁあ、頑張って人質奪還に働いてもらいましょうか。」
「おうっ!」
「あ、こら。し〜〜〜〜〜っ。」
◇
小さな島の小さな林はそんな深くもなく。一応、昼間などは人通りもあるのか、けものみちよりははっきりした道なりに進めば、やがては番小屋のような小さな小屋が道の終点にあるのが見えて来た。
「あれは灯台守りのおじちゃんが倉庫にしている小屋だよ?」
もう少し進めば木立の向こうの岩場に出る。そこから断崖が連なり、その先にはこの島の灯台があるのだそうで、そこを守る番人の老夫婦が倉庫として、あと嵐が来た時の避難場所として使っている小屋だという。
「今晩は灯台から降りてらっしゃるのかしら。」
お祭り見物にと、ロビンが呟いたのは、小屋の窓に明々と灯火が灯っていたからで、だが、
「ううん、そんなの聞いてない。」
それでなくともお祭りの間はお船がたくさん港へ入るから、灯台に何も起きないようにって、いつもより遅くまでつきっきりの筈だよと、リサちゃんが言い切り、
「だってお祭りの間は、お母さんたちが皆して交替でお夜食当番やってるし。」
灯台や交番、港の案内所に鎮守の神社の詰め所などなど、遠来のお客様が引っ切りなしに行き来をするからと、担当者が必ずいなくちゃいけない場所場所へ、ご飯やお茶を届けの、散らかれば片付けのと、婦人会の方々も大忙しの宵祭りであるらしく、
「じゃあ、あれってば。」
本来の小道からは離れた位置であるがため、ある意味忙しいこの期間、人通りが少ない時期なのを良いことに、勝手に使っている者らがいるが故の明かりだということに間違いはなく。
「人質候補が何人もつれ込まれている訳だから、逆ギレさせて彼らを楯にされても剣呑だわね。」
いっせいになだれ込んだ方が良いのか、それとも…ロビンさんの奥の手で、一気に手枷口枷をしてしまおうかと作戦会議となったものの、
「どの人が助け出すべき人で、どの人が敵でというのが曖昧なのがちょっとね。」
ぶっつけ本番な作戦ならではの弱みねと、ロビンお姉様は嬉しそうな笑顔にてそうと言い、
「そっか。職人さんが商売道具そのものの腕やらひねられては大変よねぇ。」
うんうんとそれらしく納得の体を見せているナミさんだったりし、
『こうまで盛り上がってて、
なのに“じゃあロビンお願いね”って持ってって、
一瞬で方がついちゃったら、
あんたたちの不満が膨れ上がっちゃって、あとあと鬱陶しいじゃない。』
やるとなったら徹底して手を尽くしましょうと構えつつ、リサちゃんから事情を聞いた皆さんがその胸へ抱えたもやもやも、ついでにさっぱり払拭しなきゃあ話にならんと、敢えて全員で取りかかれるようにと持ってったお手並みもおさすがな参謀さんたちの指示の下、
「じゃあ、正面からの突撃班にはゾロとウソップ。
小屋の向こう側には、逃げ出す奴らを待ち受けるのに、
サンジくんとルフィが待機していてね。」
「了解しました、ナミさん。」
「え〜〜〜、俺も飛び込む方が良いな。」
「何言ってるの。
あんたのゴムゴムの何とかで、取りこぼしを一網打尽にキャッチするのが、
一番効率が良いんじゃないのよ。」
「それに、お前だとその場にいる全員を見境なく殴り飛ばしかねんからな。」
「ゾロだって似たようなもんじゃんかよっ。」
「皆 聞いてくれ、俺には“夜中に喧嘩してはいけない病”の発作が…。」
「そんなもん、発見されてないぞ? ウソップ。」
「そう言うチョッパーはどこ担当なんだよっ。」
「あら、チョッパーは自慢のお耳とお鼻で、
あたしたちのすぐ傍に居て騎士の如くに守っててくれないと。」
「…守りなんか必要なのか? この海賊団最強の二人によ。」
「なぁ〜んですってぇ? ウソップ。」
「あ〜〜〜、騎士の役なら俺がいますでしょうにvv」
「騎士って称号持ってる奴らからクレームが来んぞ?」
「んだと、こら。この天然記念物が。」
「前から気になってたんだけど、
どこの世界の“天然記念物”のことを言ってるコックさんなの?」
突入という作戦行動ひとつ取ってもこの騒ぎ。チームワークは恐らく世界一のそれを誇ってる人たちなんだろけれど、先んじての打ち合わせってのへの相性は、打って変わって“世界一 悪い”人たちなんでしょうね、恐らくは。わーわーと騒ぎつつも、最後にはナミさんが尻を蹴るぞと言わんばかりに追い立てて、やっとのことでの配置位置へと散る。
「それにしてもさ。」
皆の準備が済むまではと、敵の思わぬ奇襲がないように気配を察知するべく、女性陣の傍らで待機していたチョッパーが、ついつい にゃはりと笑って訊いたのが、
「リサちゃんはお兄さんが凄く好きなんだな。」
簪かんざしの約束とかがあったにしたって、こんな薄暗い林の中まで、たった一人でのして来るなんてさ。勇気があるとかいう以上に、大切な人のためでなきゃ出来ないことだもんなと話しかければ、
「うん。あたし、お兄ちゃんのこと大好きだよ?」
ちょっと頼りないんだけどね。優しいし、いつも遊んでくれるしと、嬉しそうに言ってから、
「あのね、最初にね、ルフィへナミさんが“あっかんべ”ってしてたでしょ?」
あんたたちがリサのお兄ちゃんを攫っていったんじゃないのかと、大きく勘違いしたままに飛び込んで来た時のことだ。わあわあと口々に騒ぎ立ててた男衆たちを鶴の一声で黙らせたナミさんを指して、もしかして一番偉い人なのかと聞いたらば、こんな連中の頭目だなんて、あたしの方からだって御免ですと言いがてらの“あっかんべ”をして見せた。それを見たリサちゃん、そういえばいきなり気勢が削がれて、ベソをかいちゃったんでしたっけね。
「リサもね、お兄ちゃんに“あっかんべ”ってしたの。」
どれどれどっこの屋台からなかなか離れようとしなかったお兄ちゃん。一緒に縁日見て回ろうね、それから、そうそう簪も仕上げなきゃねって言ってたのに。聞いてくれないならもう良いって、怒っての離れがてらに“あっかんべ”ってしたんだけどね。
「そんなしたからお兄ちゃん帰って来ないのかなって。リサが“もう要らない”って言ったんだって神様が思ったんならどうしようかって…。」
それを思ったら、もうもうどうしようもなく怖くなって来た、あれは嘘でしたって、鎮守の神様にも海辺の神様にもお祈りしたのに、やっぱりお兄ちゃんは帰って来なくて。どれどれどっこの屋台にも今日は別の人が座っていたしで、本当に本当に怖くなって。
「もう何にも要らないから、お兄ちゃんだけ返してほしくって。」
小さな前歯で下唇を噛みしめる、一途で健気で勇敢で、ちょっぴり向こう見ずなお嬢さん。小さな拳を、非力だけれどその脆さが相手なら掴み潰せそうな勢いで、ぎゅううって握りしめてたのへと、眉を震わせてから、あのね? チョッパーがぶんぶんって首を横に振る。
「あんなあんな? 神様がどんな早とちりをしたとしても、そんなの俺らが追いついてやるから。そいで、リサのお兄ちゃんは連れてったらダメって言って、絶対に取り戻してやるからな?」
俺たちに任せときゃ、絶対絶対大丈夫だから。だって俺たち、グランドラインで一番強い仲間たちなんだぜ? リサちゃんが圧倒されるほど、それこそ懸命になって言いつのる小さなトナカイさんの様子へと、ナミさんもロビンさんも、どこか切なそうなほどのお顔になって微笑っていたけれど、
「………シッ。全員、配置完了したって。」
各所に配られた“目”が確認した合図へと、ロビンお姉様が反応し、そのままこちらからの合図を送る。同じ箇所のすぐ傍らへと“手”を咲かせ、親指を立てての“GO!”サインを………。
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*やっと暴れ出してくれそうな方々です。
これからがまた一仕事ですが、頑張りますね? |